『ブレンダと呼ばれた少年』(ジョン・コラピント/無名舎)
ここでもブログでも小説(フィクション)ばかり扱っているので、たまに
は非小説を取り上げてみようと思います。……っていうか、何ヶ月振り
だろう、ここを更新するのは(笑)。
生まれか育ちか、という争いは今でも心理学などで問題になります。
「育ち」側のマネー博士は、「性別の自己認識は環境的に要因によっ
て決まる」という理論を元にある「実験」を行なった。その被害者こそ
が「ブレンダ少年」です。
この「理論」によれば「人間の性別は決まっているものではないか
ら、環境によって変えることができる」ということになり、つまり「男(女)
の子を女(男)の子として育てれば、女(男)の子になる」という結論に
至ります。
さて、そのマネー博士に絶好のチャンスが訪れます。それは包皮切
除手術の失敗でペニスを失ってしまった男児の、性転換手術です。実
はこの男児は、一卵性双生児の片方であったので、「理論」を証明す
る上でこれ以上ないモルモットだったわけです。
男児の両親はマネー博士の言うと通りに、彼を女だと言い聞かせ、
女として扱い、「少女ブレンダ」として育てることになります。
そして、この「成功例」がマネー博士の功績として、メディアなどから
絶賛されます。
※
しかし……ことは筋書き通りに進みませんでした。
その後の調査によって、「少女ブレンダ」は「成功例」などではなく、
実際は自分が「女」であることに強く反発し、戸惑いを覚え「謎」の心と
体の不一致に苦しんでいたことが明らかになりました。
そう、「少女」の興味は示す物は男のそれであり、「女の子らしいとこ
ろなどまったくなかった」。
さらには「少女」は、今度マネー博士に無理やり会わせたら自殺す
る、と告げるのです
ついに「少女」の父親は、全てを「彼女」に告白しました。その告白を
聞いて、「少女ブレンダ」はじっと耳を傾けていた。
「彼女」否、彼はすぐにもとの性――男性に戻ることを決意します。ペ
ニスを形成する手術を受け、ディヴィットという男性としてやがては女
性と結婚し、彼女とその連れ子と家庭を営みます。
やっと、彼は「本当の自分の人生」を手に入れたのです。
本書はジャーナリストのジョン・コラピントが彼とその家族への100
時間以上におけるインタビューと丹念な調査によって、書かれたノンフ
ィクションであり、奪われた尊厳を取り戻すまでの心の叫びです。
事実は小説より奇なりと言いますが、正にこの事実こそが諺を体現
しています。
※
残念なことにディヴィットが38歳で自ら命を絶った、ということが最近
報じられました。結婚後もディヴィットは自らの性の問題に苦しめられ
ていたのです。
彼の母親は「ディヴィットにつらい思いをさせた、あの酷い人体実験
が無かったら、彼はまだ生きていただろう」と語ったそうです。
最後にディヴィットの言葉を引用します、彼の冥福を祈りつつ……。
「結局、人間は自分以外の何者にもなれやしない。自分はいつだ
って、自分でなきゃならないんだ」
(ISBNコード 4-89585-937-1/ページ数 327)
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